田舎のおばちゃん、起業の原点!!

この夏まで、
ずーっと社会に出てから、
働き続けてきた。
親元を離れたのも、 10代の頃。

何か志があったわけもなく、
ただただ、早く自由に何の制限もなく
生活してみたかったっていう、
若い頃に誰でも抱く好奇心だけ。

 

生まれは、都内近郊で、
幼い頃は私立幼稚園のお受験を経験して、
(未だ記憶にある)

母も若かったせいか、
あれこれと都会の環境を振るに利用して、
私を育てたらしい。

 

当時、八代亜紀さん五木ひろしさんなど、
今や日本を代表する演歌の大御所さんたちも
近所のスナックに流しの営業に訪れ、

私も良く連れていかれた記憶は
強烈に残っている。

 

時代は、高度成長時期で、
集団就職で田舎から、
都会へ人々が流れ、

あちらこちらで 開発が進み、
活気に溢れ始めていた。

 

私の父も、あの頃から良く働く父だった。
それは、70歳の今でも変わらない。

父も山形から集団就職で上京し、
母も田舎から上京し、
都内で出会い 結婚したらしい。

 

18歳のこと。

当時のデパートは、
今より敷居が高く、

買い物に行くのに、
わざわざ、着替えをしていたと思う。

マンション暮らしだったから、
建物がひしめきあっていて、
良く弟と非常口で遊んでいて、
管理人のおじちゃんに怒られたっけ。

 

少し路地に入ると、
長屋に住む子供たちが、たくさんいた。

毎日、毎日、
長屋に住むトシちゃんのお母さんに、
いたずらし過ぎて叱られてたっけ。

 

私は、かなり男まさりで、
上品な女の子に仕上げる為、
奮闘していた母は、

思い通りにいかない子育てに、
今思えば、悩んでいたでしょう。

 

町は夕暮れを迎える頃、
歩行者天国の規制がかかって、
人だかりになり、

チンドン屋さんが、
どこからともなく現れて、
毎日毎日活気に満ち溢れていた。

 

私もだいぶ、迷子になって、
お巡りさんにお世話になっちゃたけど。

幼心に、
町や人々がキラキラしていた印象しかない。

 

今思えば、
当時日本も戦後から試行錯誤し進めてきた、
経済の活性化に向けて形どり、

やっと糸口を見いだして、
国民も長いトンネルから、
脱出しようと一緒になって
生きていた時代なのかもしれない。

 

そんな時代や環境の中で、
人生のスタートをきれた事は
とっても有り難いと思う。

 

今、起業決め模索中の私には、
大切な原点なのかなぁとも うっすら思ったり…

 

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